画家 岡田謙三の世界
Kenzo OKADA 
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           岡田謙三 関西方面旅行・日記
           1958年6月18日~24日 京都・奈良・伊勢

18日(水) 朝シノダ八時に来て九時の電鉄(ロマンスカー)を新宿からベティ、ローリーらとやっと間に合ひ気持ちの良い列車で次第に山に向、湯本に着き、山には曇がか丶ってゐたがウグイスの声など聞きながら折々カーを下りてやすみ、湖水を眺める。山ホテルで中食、新たに別のカーで雲の中の十国峠を越して熱海に着き、海の宿に着き、夕方ブラブラ街を散歩し、温泉に入り、食後しばらく夜の星如き夜影を見ながら寝たのは十時半(シノダ:書家・篠田桃紅。ローリー:ローリー・ウエッソ 岡田謙三作品の愛好家、資産家の令嬢)

19日(木) 熱海で眼がさめたのが四時過ぎ。海の日の出を見た。アタミ駅でシノダ東京にもどり、三木が列車で向へる。車中で中食、夕方六時過ぎ京都に着く。石原(薬師河原)に入り、外出買物などし、末広でステーキ食べ、又、ブラブラ歩き、買物してかへる。デコらはアンマとり十二時寝(三木:三木淳 土門拳の助手に始まり、当時AP通信写真部。後年日本写真家協会理事長)

20日(金) 朝デコらは近處に買物。三木さんは外務省。自分は一人宿に横になってゐた。ひるはキツネウドン食べ、午後は離宮、西方寺、嵐山、龍安寺、金閣寺、其足で山田ガロウ、宿に入らず、お茶屋(カツラ河の見える)で舞コ、藝者ら一しょにのみ、舞も見十二時頃かへり、風呂に入り、アンマして寝

21日(土) 午前中は修学院行き其足で銀閣寺、一たんかへって(皆は●みの前に病院)中食家で島津君来て、三木さんとデコは買物に出かけ、自分とベティらは島津工場に行き古物のコッピーを買ひかへりキューキョウ堂により、雨になる。吉原君もう来てた。風呂に入り、家で夕食をし、夜は後から来た山田、ウィロキーらとピエスン家に行きシャミセンタイコの話、部屋シメ切って暑苦しかった。十一時頃かへり又、風呂に入りデコはアンマし一時頃寝る(山田:山田智三郎/病院:ベティが旅館の階段を踏み外して足首を挫いたため病院へ)

22日(日) 午前池坊に行き、花他を見、午後は奈良に行き、大徳寺大佛、法隆寺、其他を見、奈良ホテルで鹿の●中食、古物、刀、古ツボ等買ひ、九時前宿に着き、十時前●でオイラン、藝者等で食事のみ、舞等見て、一時半にかへり、二時頃寝

23日(月)九時四十分の汽車で伊勢神宮に参パイ五十鈴河のほとり神の森の中頭が下る。心から祈る。ベティらも唯ボウ然としてた。神の国である。途中車中の田植も美し。伊セ駅の中で中食(三時頃)し大阪へ行く。朝日ビルの上のアラスカで夕日を見ながら食事。空とビルのネオンも亦良し。かへり「フヂ」キャバレーでガチャガチャ見物してカーで京都に着いたのは十一時頃。風呂に入りアンマ取り二時に寝

24日(火) 朝サラヂン来る前に、ベティらをのこして三木と三人で方々買物し、末広でサラヂンとベティらは食事しに出かけ、ローリーと三木らとアラスカで京都市やヒエイ山を見ながら食事、そこの女の連中からムービースターの話、又、皆と落合って買物に出かけ、光エツのカケ物を手に入れた。夜食は石原でゆっくりすまし、おかみさん娘らに送られて十一時の寝台に乗る。ロリー少しよっててこずらせる。日本の寝台は初めてでゆられてゐる内に眠くなってしまった(光エツ:本阿弥光悦)
 (1958年の日記にはこの期間の記載がなく、たまたま見出した便箋に記されていたものです。

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